チワワの小太郎と野菜と花と…
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2009年07月21日 (火) | 編集 |
ぜんぶ、フィデルのせい [DVD]ぜんぶ、フィデルのせい [DVD]
(2008/10/03)
ニナ・ケルヴェルジュリー・ドパルデュー

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不思議。
フランス映画って一見してまったりとした描き方をしているくせに、決して人を飽きさせない。
劇的なことのはずなのに、なんでもない日常の一コマのように描き出す。
これもそんな映画。

70年代初頭、叔母(母の妹)の結婚式までアンナのいいとこのお嬢さん人生は順調だった。
父は弁護士、母はオハイソな雑記(マリ・クレールと読めたのだが?)の記者。
名門カトリック学校に通い、庭付きの家は広く頭は悪くないしスポーツ(水泳)もできる。
ところが夫に死なれた叔母(父の妹)母子は兄を頼ってスペインからフランスへやってくる。

叔母夫婦は共産主義の戦士でスペインを転々としながらフランコ政権と闘ってきた。
貴族である両親と妹夫婦の間を取持とうとせずにフランスに逃げた父フェルディナンド。
今度こそ妹の力になりたいと思うのだが、妹は自力で生きる方を選び兄の下を出て行くのだ。
妻マリーの勧めと協力もあってチリに行った彼は、チリの共産主義者を支援する道を選び、広い家を捨て狭いアパートに引越す。
家は最初チリの共産主義者(反政府運動家の方が合っているのかな?)の溜まり場となり、次に母がはまった中絶と避妊の自由を求める女性運動家も仲間入りしてくる。
アンナは元の学校に留まれたものの、宗教学の授業にでることはできなくなり、ファシストだとディズニーの本を読むことを禁止されてしまう。

そんな環境の中で反発しながらも影響されていくアンナは、だからといって無条件に受け入れることはしない。自分で考え感じた中で選んでいく。その描き方がうまい!
普段よく観るアメリカ映画なんかはスパッと受け入れスパッと切捨て、こうと思えば思想が硬直して正義だなんだと、ひたすらそれを振りかざす。
びみょう~な心の動きがない。
フランス映画はそこのとこを映画にする。
アンナが共産主義者になっても、女権論者になっても製作者側には不都合はなかったと思う。
どこに行くかの物語ではなく、少女がどう感じ、どう考え、何を思うのかの物語なので。
なのにつまんなくないんだよ。
「画家と庭師とカンパーニュ」もそんな映画だった。
結果を出すのではなく、割り切れないものは割り切れないまま。
言葉に出来ない思いを無理に名前を付けて決着させるのではなく、入り乱れた形にならないままで。
しかし、今日見る景色は昨日と同じなのに何かが違う、はっきり違う。
そういうの好きです私。

因みに、題名にあるフィデルはキューバのカストロ議長のことだと思う。

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テーマ:フランス映画
ジャンル:映画

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